カウラ桜祭り

 オーストラリアにはたくさんの有名な観光名所がありますが、今回JCVのメンバーを含む8人の訪れた所はまだあまり知られていない、小さな町カウラ。しかしながら日本とは切っても切れない歴史を持つ町なのです。

 私達がカウラに訪れたのは、2つ理由がありました。ひとつは1979年に開園されたジャパニーズガーデンの桜祭りに訪れる事、そしてもうひとつは1944年8月にカウラで日本人集団脱走事件への式典に参加する事でした。

 土曜日の朝には、ジャパニーズガーデンに訪れました。入り口付近には見事なしだれ桜がどうぞと言わぬばかりに、咲いていました。面白い事に、そこ には日本 の文化が見ることができるのに、ユーカリの大木が、日本の伝統的な建物の後ろに立っていることで、ここはオーストラリアだった!と思い出させました。

 桜祭りでは、折り紙作り、寿司作り、習字、空手パフォーマンスなどなど様々なデモンストレーションが行われました。空手ショーの一場面で、本物の日本刀を使い、人のお腹の上で、カボチャを切るのを見たときは、観客も緊張しました!

 ぐるりとガーデンを回った後、戦争の記念碑、収容所跡地、お墓を見に行きました。そこには、シドニーに住む日本人の方々の、寄付で設立された、日 本語で書かれた跡地の案内板があり、そこから広大で、きれいな景色がよくみえました。JCVの書記の矢部さんは「ここにキャンプがあったなんて信じがた い、でもこ の見晴らしのよい土地からどうして逃げられると考えたのかは、もっと信じられない。」と小さくため息をつきました。私達も思いは同じでした、そして戦争当 時の教育、国家意識についてもう一度考えさせられました。

 跡地に行く途中で、たくさんの桜の木が乾燥したカウラの気候のため、立ち枯れていました。この桜の並木の下を通る事ができたらどんなに素敵だっただろう、残念に思いました。

 午後にはJapan Club of Sydney(JCS)とシドニー日本人会のみなさんも日曜日の朝に行われる式典のために到着しました。夕食をご一緒し、JCVとJCSが行っている活動について情報交換しあいました。

 次の日にはおよそ100人以上の人が式典のためにカウラの収容所で亡くなった、オーストラリア兵と日本人捕虜のお墓へ集まりました。きちんと整備された お 墓に、びっくりさせられました。カウラの人々の、敬意を感じさせるものでした。ほとんどの墓石には名前と年齢が彫ってあり、いくつかの墓石には、赤ちゃん のもの、日本人の名前ではないものもあり、兵士だけが捕まっていたのではないという事を思い起こさせました。「あの日の事は良く覚えてる。収容所のそばに 住んでいたから、脱走した捕虜を探しにいかなくてはならなくて、ひどい夜だった。でも忘れてはならない事だね。」と訪れていた一人の方が、ひっそりと話し てくれました。

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